還暦の向こう側の住人

平塚、大磯を散歩しているオヤジのブログです

読書感想 「夜市」「この恋は世界で一番美しい雨」

 6月、7月とそこそこの本を読むことが出来ました。ホラー小説と言うカテゴリーに属する恒川光太郎さんの短編3作品が収載された「秋の牢獄」を読み、その独特な異世界が舞台となる小説に興味を持ち、恒川さんのデビュー作「夜市」を読みました。

 この本には、「夜市」と「風の古道」と言う2作品が収載されています。ホラー小説と言うカテゴリーなんでしょうが、後書きの書評でもファンタジー小説と言われているように、「夜市」も「風の古道」もこの世界とつながってはいるものの、そう易々とは入る事の出来ない異世界へ意図的あるいは誘われるように入ってしまった人々がその異世界で暮らすのか、また現実世界へ戻って来るのかが登場人物たちの葛藤と共に描かれています。

 「夜市」は、ノスタルジックな夜祭の縁日を彷彿とさせます。屋台ではなんでも売っており、その屋台の主人たちは化け物だらけ。かつてこの異世界に5歳の弟と迷い込んでしまった主人公、裕司が高校時代の同級生いずみを誘って、再度この縁日を訪れます。かつて裕司は弟を代価として野球の才能を買いこの夜市から逃れることが出来ましたが、弟は代価として人買いの下に残されたまま。

 そんな事情も知らず、いずみは裕司に騙し討ちをくらわされ夜市に連れ込まれてしまいます。弟を何とか奪還したい裕司はどんな結末を迎えるのか。そしていずみは、弟はまだ夜市に居続けているのか?

 著者の表現力なんだと思いますが平易な言葉を組み合わせている文章なので、強い緊迫感を受けることは少なく、ふわふわと幻想的に物語を読み進めている自分がいるように思いました。

 「風の古道」、魑魅魍魎、妖怪の類とかなりの修業を積んだ人間しか通ることの出来ない異世界の道があります。謎のおばさんに誘われ、子供の頃にその道を通って迷子になってしまった小金井公園から吉祥寺の家まで帰ってきた主人公。

 12歳になった時に、友人のカズキとその道を辿ることに。しかし、行けども行けどもその道から現実世界へ戻ることは出来ません。そんな最中に古道の中で永久に旅を続けるレンと言う青年と出会います。レンの母親は人間でしたが、古道で産み落とされたレンは古道の所有物として現実世界に出ることが出来ない存在。時折、現実世界から現れるレンが古道の道案内役を引き受ける客の男が物語を大きく動かします。主人公、カズキはこの異世界から抜け出せるのか?レンは母に再会できるのか?

 「夜市」とは違った「風の古道」の舞台となる異世界はどことなく牧歌的であり、御伽噺を読んでいるようでもあります。「夜市」は大きな代償を払いつつもハッピーエンドでしたが、「風の古道」の結末は、のどかな風景描写とは似合わず、悲しい結末もありホラーと言うよりはファンタジーとして読める本だと思います。

 もう一冊は、脚本家でもある宇山佳佑さんの「この恋は世界で一番美しい雨」。宇山さん、「信長協奏曲」の脚本も書かれています。

 さて、物語は恋人同士の二人が交通事故に会い、二人とも瀕死の状態。そこから物語は始まります。駆け出しの建築家、誠と七里ガ浜くのカフェで働く日菜の恋人同士に奇跡が起こります。もう、そこからファンタジーの世界です。奇跡的に一命を取り止めた、誠と日菜には死後の世界を司る案内人、明智能登が奇跡後の彼らの生活をサポートする事となります。

 彼らに与えられた余生には、ライフシェアリングと言うルールが適用されます。このルールは究極のサバイバル、誠と日菜の二人には二人合わせて20年の余命が与えられます。二人合わせて20年の命は、自分が幸福を感じれば寿命が延び、相手の寿命が縮むと言うルールです。逆に自分が落ち込めば自分の寿命は縮み、相手の寿命が延びていきます。そしてどちらかの寿命が0になれば、その者は死んでしまいます。お互いを愛すれば愛するほど、自身が喜んだり悲しんだりするたびに命の奪い合いが行われるライフシェアリング、当然冷静でいられるわけがありません。

 交通事故で死んだと思った寿命が奇跡的に延命されながらも、愛する人と共にライフシェアリングのルールの下、愛する人を守りながら共に生きていくことは出来るのか?いっそ、自身が死を選ぶことで愛する人の余命を奪うことが無くなるのなら・・・・。この展開に読者は何とか二人が幸せなエンディングを迎えられることを祈るばかりではないでしょうか。

 実は、案内人の能登も元々人間であり、生前はライフシェアリングに失敗した経験を持っていた事には驚きました。本来は案内すべき人間へ感情移入してはいけないのに、日菜へ感情移入し色々なアドバイスをしていきます。案内人の能登だけでなく明智も意外と人間臭く、無機質な対応をすべきなのですが、誠や日菜に涙するシーンはファンタジーと言うよりはメルヘンなのかもしれません(笑)。

 建築家として夢をかなえたい誠、そんな誠を精一杯支えたい日菜、ある時期から彼らはライフシェアリングによって互いの命を削りあう事よりもお互いを愛し合い助け合うことに生きる意味を見出していきます。しかし、年を重ねるごとに確実にお互いの余命は減って行き、ライフシェアリングの行き過ぎで死を迎えるリスクが高まって行きます。

 ファンタジーだからこそ許される数々の設定ですが、誠と日菜の結末はどうなるのか?一番美しい雨の意味もうなずきながら甘く切ない結末を堪能した還暦オーバーのオッサンでした。